カンヌ映画祭短評

ヴィム・ヴェンダ−ス『Kyon2 dans le metro 』をめぐって。

●ジャン・ジャック・マルシュ(ル・モンド紙特約)

タイトルのKyon2 をKyonの自乗、つまり、KyonKyonと読むのが日本流の言語表示だと聞いて、ヴェンダ−スは再びベルリンを離れて遠い極東の地へ遠ざかってしまったのか、と落胆する気持ちは隠せなかった。プロロ−グは電車とエッフェル塔のオモチャで遊ぶ東洋人の少女を映しだす。おそらく監督自身が担当したのであろう、8ミリ・カメラは地を這うように低い位置から少女の無邪気な笑顔をとらえる。窓の外を通りかかった近所の人が挨拶をしていく。ヴィム・ヴェンダ−スならずとも、われわれが愛してやまない日本的情景である。

 一転してロビ−・ミュラ−の独特の色調を帯びたカメラが空港で待ち人を待つディ−ン・ストックウェルへ向くと、どうもこれはいつもと様子が違うとだれもが気付くことにな る。ストックウェルは世界中からパリを汚しにやって来る観光客の群れ、特に大量の札束を握り締めて到着する日本人の女の子たちををけなしまくる。従来のヴェンダ−スの作品にはほとんど登場しなかった饒舌さだ。コミカルな彼の紹介が終ると、いよいよわれらが主人公の登場である。Kyon2 はここで、叔父であるストックウェルに預けられ2日間のパリの冒険を始めることになる。ママンのケイコ・キシは、Kyon2 の新しいパパ(演じるドクタ−・ハスミは有名な学者である)とのハネム−ンに忙しいのだ。いまさら驚いてもいられないが、この映画の登場人物は全員素晴らしく饒舌である。それはストックウェルのアパ−トの大家(サミュエル・フラ−)が飼っているオウムにまで及ぶ。何がヴェンダ−スに起こったのか。

 それにしてもKyon2 は素晴らしく魅力的である。彼女がいきなり「ケツ食らえ」と汚い言葉を連発してもなお。もちろん最初はあの礼節を重んじるカミカゼの国の女の子がそんなはしたない言葉を口にするとは、とびっくりするが、それは次第に快感に変わっていき、観客はもっと言ってくれ、と哀願するようになる。特に彼女とタクシ−運転手アレックス・コックス(快演)のやり取りは絶品で、運転手がジュリエット・ビノシュと婚約するくだりなど、落胆を禁じ得ないほどだ。登場人物中唯一無口なのがナスタ−シャ・キンスキ−扮するストックウェルの妻なのだが、あの大きな口で何も喋らないのだから効果は絶大である。

  そろそろばらしてもいいだろう。どうやらヴェンダ−スはハワ−ド・ホ−クスからバスタ−・キ−トンに信仰を鞍替えしたようだ。パリの地下鉄に乗りたいという日本の少女の願いが地下鉄ストで叶えられないまま、ノミの市やストックウェルの勤めるクラブ(彼はオカマのダンサ−なのである)でドタバタ騒動が起きる。エッフェル塔の上でストックウェルがギリシャ哲学の心理を語ったり、ロイ・オ−ビソンの歌を歌うシ−ンはキッチュこのうえない。また、Kyon2 にラップ・グル−プ用のジャ−ジを買ってあげる男をルイ・マル、たまたま通りかかってその男に惚れる有閑マダムをキャンディス・バ−ゲンが演じて、さらにコミカルな味を引き立たせる(言うまでもないが、マルは同じ原作を30年前に映画化している)。少女の夢の中での追いかけっこでは巨大な磁石やダイナマイトがさく裂し、ヴェンダ−スはそれをコマ落とし(!)で追っている。クライマックスのパイ投げならぬスシ投げ合戦が、『グレ−トレ−ス』以来の映画の無邪気な楽しみ方を観客に教えてくれたことは想像に難くない。

 世界で初めてこの映画が姿を現したカンヌの劇場では、少なからず従来のヴェンダ−ス信者の中に不満を表する者もいたはずだが、彼等とて、Kyon2 がエッフェル塔の上から風船に捕まって舞い降りるシ−ン(ルイ・マル作品ではおじさんの役目だったが)にベルリンの天使を見たと狂喜したことだろう。それはエンド・タイトルで歌って踊る彼女への満場の拍手が物語っている。

 ヴェンダ−スが新境地に挑戦した『地下鉄のKyon2 』はキョウコ・コイズミ(Kyon2 は彼女のニックネ−ムだという)という名の東洋の天使を得て、カンヌ映画祭の今年の話題をさらったのである。

*実は今だかつて、この映画を見たという人物にあったことが一度もない。まあ、カンヌ映画祭などとは無縁なのでしかたないかもしれないが、それにしても一度は見てみたい作品ではある。アレックス・コックスによれば「そういえば、なんかの映画でタクシーの運転手を演じた記憶がある」そうなので、どこかにあるのだろうが、なぜか(少なくとも日本では)一般公開された様子はない。この筆者は直接こちらへ原稿をメール送信てきたが、本当にジャーナリストなのか、投稿と日本語が趣味の変人かも不明。彼によれば、日本では歌手・小泉今日子のコンサート・パンフレットに掲載されたはずという。が、もちろん定かではない。誰か、この映画についてご存知の方がいらっしゃったらぜひご一報いただきたい。 kuma@triple-domain.com

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