バッド・ルーテナント/刑事とキリストとドラッグ
東のホッパー、ハーヴェイ・カイテル演じる「悪くて、悪くて、悪い」NY刑事

 ニューヨーク。多くの先達たちをさしおいて言うのもなんだが、なんだか、最近あまり面白くない。スリルがなくなったような気がする。ま、それも、いかに世界中のほかの都市がニューヨーク化してきたか、同時にいかにニューヨークがかつて(良い意味でも悪い意味でも)進んでいたかを再確認できているだけのことかもしれないが……。

『ブルーベルベット』を初めて観たのは1986年の秋、ウエスト・ヴィレッジの映画館だった。真夜中だってのに、超満員だった。帰り道、ドラッグ・ディーラーにしつこくつきまとわれた。まだホッパーの名前は意識していなかったと思う。とんでもないオッサンが出てきたが、それが、あの『イージー・ライダー』の……とはつながってはいなかった。なにしろ、リンチは凄い、と興奮していた。半年後、『ブルーベルベット』直後にホッパーを取材したという映画記者と知り合った。2年ほどして、その人はエイズで死んだ。初めての「直接知っている」エイズによる犠牲者だった。考えてみれば、クラックやエクスタシーを初めて試したのもニューヨークだ(常用したわけじゃないけど)。
 ホッパー、エイズ、ドラッグ……。やっぱりニューヨークはヤバイものに出会える街なのかもしれない。昨年、一時は年に2回は通っていたニューヨークを3年ぶりに訪れた。そして、またも、「ヤバイ」ヤツに出会った。

 ハーヴェイ・カイテル。映画ファンなら名前は知ってるだろうが、代表作を答えられる人は多くないに違いない。『ミーン・ストリート』『デュエリスト』……『地獄の黙示録』の主演を1週間で降ろされたのだけ妙に有名だったりする。キャリアはあるのだが、それほど一般的じゃないあたり『ブルーベルベット』当時のホッパー的でもある。

 そう、3年ぶりのニューヨークで、カイテルがホッパー顔負けの「トンデモナイ男」を演じる新作『BAD LEUTENANT 』の公開に出くわしたのだ。
 題名通りの悪いヤツである「刑事」(この映画に役名なんか一切ないのだ)は、妻、ふたりの子供、そして祖母と同居する一家の主でもあるにかかわらず、尋常じゃないドラッグ中毒野郎。子供を学校へ送っていっては車の中でコークを一服(よりによってカソリックの学校だったりする)、捜査中に証拠品のヘロインをポケットに入れて売人に卸すは、娼婦を買ってキメキメの乱交はやるは、はては無免許運転のパンク姉ちゃん二人組をみつけケツを出させてマスかく始末。その上、野球トバクに足突っ込んでいて仕事も手につかない。特に凄いのは、タイムズスクェアを走る車の中で試合中継にムカッ腹を立て拳銃ブッ放してラジオを破壊するシーン。真っ昼間に堂々現地ロケでやってる。はっきりいってダーティ・ハリーも『氷の微笑』のマイケル・ダグラスも形無しだ。キャラクターも凄いが、どうみても本物にしか見えないハーヴェイ・カイテルの説得力もすさまじい。本人もカソリック教徒(!)であるがための葛藤を、地獄の底でリミックスしたような「うなり声」で表現するカイテルには、東の横綱ならぬ「東のホッパー」印を進呈しよう。帰りの夜道で、あんな刑事にだけは会いませんように、と、信者でもないのに神に祈ったのは私だ。

 ちょうど同時期に公開されていたカイテル製作・主演によるオフビート・フィルムノワール『レザボア・ドッグス』(日本も近日公開予定)が大評判だったこともあり、ニューヨークではおそらく彼の俳優人生最大風速級のカイテル旋風が吹き荒れようとしていた。 監督は『キング・オブ・ニューヨーク』のアベル・フェラーラ。勝手に邦題決めれば『極悪刑事』。こんな映画、日本じゃロクな公開されないと思うので(よくてB級映画扱いか)みつけたら震え上がりに行くように。

 この原稿は何に載ったのか記憶にない。情けない。ちょうど『マルコムX』のプレミア取材に行ったときだから1994年くらいか。が、と話をしてからしばらくしてヘラルド映画のTがやってきた。「買いましたよ」ん? ほんまかいな。ということで、題名は『バッド・ルーテナント/刑事とキリストとドラッグ』とかいう妙なものに落ち着いたようだった。

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