| ブラッド&ワイン ニューヨークへ行けなかった男
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『ブラッド&ワイン』の主人公アレックス(ジャック・ニコルソン)はフロリダに住む中年のワイン専門店オーナー。真赤なBMWカブリオレを駆る派手な生活ぶりだが、その実、店の経営は火の車で、お得意様の大金持ちがバカンス旅行で不在なのを狙って宝石泥棒を画策している。相棒はケンカ早いが金庫破りの達人であるイギリス男ヴィクター(マイケル・ケイン)。金持ちの邸宅に勤めるメイドと恋仲になったアレックスは、盗みだした130万ドル相当の宝石を売りはらうためにふたりでニューヨークへ行こうとする……。 犯罪物の常として、アレックスの目論見は思わぬ邪魔がはいったおかげで霧散する。原因は、すでに愛情の冷めきった妻と、妻の連れ子であるジェイソンだ。夫婦げんかの末、アレックスを殴り倒したふたりは、宝石を隠したスーツケースごと姿をくらましてしまう。ヴィクターと共に必死で探すアレックス。はたしてアレックスは情婦と共にニューヨークへ飛び立てるのか……。 ボブ・ラフェルソン監督とジャック・ニコルソンのコンビは、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(81)で広く知られるが、それ以前に『ファイブ・イージー・ピーセス』(70)というアメリカン・ニュー・シネマの名作を生んでいる。金持ちの御曹司なのに、自由に暮らすうち普通の生活に戻れなくなってしまった主人公をジャック・ニコルソンが名演した。同じ頃に作られたニュー・シネマの傑作『真夜中のカウボーイ』(69)では、テキサスからニューヨークに出てきた情けない主人公ダスティン・ホフマンが、いつかフロリダへ行きたいという夢を抱き続けながら、バスの中で息を引き取った。20数年の時の流れは、フロリダで裕福に暮らしながら、家族とうまく行かず、もう一度やり直すためにニューヨークで出直しを期す男をスクリーンに登場させる。ニューシネマの代表作『イージー・ライダー』(69)で世界中に顔を知られるようになったニコルソンは、90年代のいまもアメリカ映画を代表する演技派俳優だ。劇中アレックスは「昔はニューヨークでならしたもんさ」と息子に自慢する。フロリダとて安住の地ではない。もちろんニューヨークにかつてのような「夢」があろうはずもないが……。そして、母と息子は宝石を持ったままキー・ラーゴへと逃げ込み、映画はニュー・シネマよりも50年代のワーナー・ブラザース製ギャング映画の雰囲気を漂わせていく。もちろん、犯罪はペイしない、という大命題がそこにはしっかりと刻まれているのだ。 近年のハリウッド映画では、家族愛ばかりがクロースアップされる傾向にある。妻や子供のために悪と戦うヒーローが大勢登場し、家族のため問いう大義名分の元、悪人を殺しまくるではないか。『ブラッド&ワイン』はそんな風潮へのアンチ・テーゼであるようにも見える。老年にさしかかった中年男の最後の夢、その前に立ちはだかるのは「家族」なのだ。 アレックスは人を殺した後、傍らにあった大きなワイン・グラスで赤ワインをガブ飲みする。が、彼の職業からして、あれはきっと軽いカリフォルニア・ワインなどではないはずだ。ボルドーの重めの赤。殺人を犯した後で飲むフレンチ・ワインはきっと「血」の味がしたに違いない。 それにしても、ここまで丁寧な映画作りを見せられるとうれしさを通り越して嫉妬を覚える。演技も、演出も、撮影も素晴らしい。喘息持ちなのに見えを張って煙草を吸うマイケル・ケインの仕草、電話のベルに自然と肉体が反応するジャック・ニコルソンのメソッド演技。ジェイソンを演じる若手のスティーヴン・ドーフも力み過ぎずにいい味を出している。自動車事故場面で横転した車の動きまで計算してキャメラ・ポジションを決めているのにはあきれるしかない。極上のワインのような味わい、などと評してはあまりに通俗的に響くが、あえてそういいたくもなる正に極上のサスペンス映画である。 |
| 「Nile's Nile」誌映画紹介(97年) |
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