| キャンディ 宇宙から来た小悪魔聖母
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あたし、キャンディ・クリスチャン。ニュージャージーの高校に通ってる18歳の女の子です。学校は毎日楽しいけど、ついいろいろと空想しちゃうのがクセなんです。あ、過保護気味のお父さんが実は同じ学校の先生なのもタマにキズ。教室でつい「パパァ」なんて呼んでしまって、今日も怒られちゃいました。でも、学生に大人気の哲学教授マクフィストに家まで送ってもらうことになって、喜んでいたら大変なことになっちゃったんです。彼ったら、その太い指でわたしのあそこをグリグリって……。あら、大変、パパが帰ってきたわ! というわけで、宇能鴻一郎がドラッグカルチャー全盛の60年代後半のアメリカに降臨してオールスターキャストの映画になったようなエッチでポップなカルト・ムービー、それが『キャンディ』です。主人公を演じたのが、スウェーデン出身のエヴァ・オーリン。女神のように長いストレートのシルバー・ブロンド、クリクリしていつつタレ眼気味のタヌキ顔、ボディはムチムチで、あたりまえだけどミニスカートがよく似合います。健康的なフトモモが男の子にはもうたまりません! この映画が製作された1968年前後にはティント・ブラス監督の『危険な恋人』、ジュリオ・クエスティ監督の『殺しを呼ぶ卵』と、連続して小悪魔的美少女を演じていました。 キャンディは名前のごとく無垢で無邪気で愛嬌たっぷり、男たちが彼女の肉体を求めてきても「好意」で応じてしまう博愛主義者。でも、彼女に出会った男たちは、学者も医者も軍人も映画監督も警官も泥棒も宗教家も、みーんな本能のままにふるまって破滅の道へ……。キャンディは聖母マリアにして菩薩さま、トリックスターでもあるんですな。 キャンディが次々と出会うヘンな人物を演じるのが当時でもフツーは考えられない超豪華キャスト。人形姦趣味のマクフィスト教授をリチャード・バートン、闘牛みたいにショーアップされた手術を行うスター医師をジェームズ・コバーン、ぜむしの泥棒=シャルル・アズナブール、大型トレーラーでカリフォルニアを目指す修道士(グル)はマーロン・ブランド。大作戦争映画でも作れそうなメンツが次々にキャンディの魅力に翻弄されて奈落へと落ちていきます。最たる例は、軍用機に乗り合わせたキャンディに迫る空挺部隊の隊長ウォルター・マッソー。「お国のために、服を脱いでくれ」と哀願されキャンディがついミニスカートを脱いであげると、いきなり襲いかかる始末。抵抗したキャンディがそばにあったスイッチを押すと隊員がパラシュート降下を始めてしまい、隊長も条件反射で大空へ……。どこかで見たような展開だと思ったら原作・脚本は『博士の異常な愛情』(スタンリー・キューブリック監督)のテリー・サザーンでした。この人は最近亡くなってしまいましたが、『マジック・クリスチャン』『イージー・ライダー』など、60年代のカルト映画を語る上では欠かせない存在です。 異色なのは、リンゴ・スター扮する庭師のエマニュエル。キャンディに「(家へ)入って」と誘われるまま、つい彼女の中まで入ってしまい、「ビバ・サパタ!」と果てるもうけ役。いいなあ。でも、彼は神父になるはずだった童貞くんで、メキシコ人の家族が復讐にやって来る(おかげで軍用機に逃げ込むんですな)というマカロニ・ウエスタン的展開もある(バイクで追いかけてくるお姉さんたちを演じるのがマリル・トロやニコレッタ・マキャヴェリというマカロニ御用達女優というのも通な配役)。 結局、キャンディは行く先々で男たちを社会的に破滅させ(でも、それは人間本来の姿へと戻してあげているのだと思うけど)、最後は宇宙へ帰っていく。え? 宇宙? そうなんです。オープニングとエンディングは広大な宇宙に『スター・ウォーズ』みたく「CANDY」の文字が現れる。たぶん、キャンディは宇宙から地球に下りてきた女神なんだろう。 68年はベトナム戦争やサイケデリック・ムーブメントの真っ盛り、仏教や東洋への興味や畏怖がアメリカに充満していた頃でもあります。『キャンディ』はバカでスケベでお茶目なブラック・コメディという表の顔がありながら、実は、金髪で「クリスチャン」という苗字の典型的な西欧人が、軍人や医師や学者を茶化し、チベット密教のグルと一体化し、政治や国境とも無縁のユートピアを具現化していくという心のロードムービーでもあります(ガス・ヴァン・サントの『カウガール・ブルースって『キャンディ』をめざしてたんじゃないかな)。最後に登場人物全員がウッドストックみたいに荒野に集い、みたこともない国旗(?)が一杯はためく素晴らしいエンディングが付け加えられた完全版が世界中で公開される、って噂があるんだけど、いつまでたっても実現しないなあ。どうなってるんだろ。今ごろ地球を目指して飛行中だといいね。 |
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