| マルコムX
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1992年11月、映画『マルコムX』の公開2日目、ハーレムへ行ってみた。ニューヨークまで監督のスパイク・リーの取材に来たのだ。周辺取材というわけである。 映画の中で、マルコムXがアポロシアター前で演説する場面があったが、ハーレムの映画館はそのすぐ隣にある。臨場感は満点。劇場には長蛇の列ができていた。ただし、入り口には巨大な金属探知機が備えられていて、観客はそこをくぐって館内に入る。ロサンゼルスの暴動がまだ記憶に新しい。映画の冒頭には生々しいロドニー・キング暴行事件のビデオが映し出されるのだから、このいささか過敏気味の警戒もしかたない。 劇場前ではマルコムXのポスターが売られている。1枚1ドル。公認グッズとはいいがたい値段だ。アポロシアターを過ぎたところの壁には偉大なる黒人指導者の肖像が描かれている。写真を撮ると5ドル取られる。20ドル出すとポラロイドで記念写真を撮ってくれる。通りを歩けばいたるところでマルコムXグッズが売られている。Tシャツ、トレイナー、帽子……ポテトチップ、香水まである。映画『マルコムX』の海賊版ビデオがすでに10ドルで売られていた。まだ公開2日目である。彼が暗殺された「歴史的な場所」であるはずのオーデュボン・ボールルームへの道を尋ねたところ、誰も知らない。ハーレム専用タクシーに聞いても要領を得ない。歩いてすぐだという老人がいた。しかし、実際はハーレムから車で15分ほど行ったところだった。 半年後、この過激派でならした黒人指導者とは縁もゆかりもない極東の地・東京で、映画『マルコムX』は関係者も予想しなかったヒットを3か月以上にわたって続けている。 「ホンダさんからマルコムXについてなんか書いてくれってさ」「ほう、こりゃまたハデなネームングだねえ。今度の新車かい?」 違うって。自分でボケてもしかたないが、マルコムXとは60年代に暗殺された黒人指導者で、キング牧師とは対照的に「過激な行動派」として知られた人物。昨年スパイク・リー監督によって3時間以上に及ぶ伝記映画が作られてアメリカでも論議を呼んだ。日本でも小規模ながら3か月以上にわたって続映されるヒット作となっている。 といって、彼の思想は日本人に受けやすいゾ、という話ではない。ボブ・マーレイやジョン・レノンと違って彼の思想は「愛」とか「人類愛」といった言葉でくくられるものとは違う。はっきりいえば、彼が唱えたのは「黒人がアメリカで暮らすための意志と心構え」である。一見すべての非白人種に共通する思想ではないかと錯覚しそうになるが、そうでもない。少なくともスパイク・リーの監督した映画の中でマルコムは、黒人以外の理解者をはっきり拒絶する。これは黒人だけの問題だから、と。ほとんど逆差別である。にもかかわらず日本の若者たちはこの映画に、そして「マルコムX」に飛びついた。 今風に言えば「過激派」は「とんがった」に通じ、「暗殺された指導者」は「レアな」「ヴィンテージもの」と理解されるのだ。 映画でマルコムが演説している内容についてはほとんど理解不能だったとしても(この不可解さがさらにカリスマ性を高めるの)、観客は、この「偉大なる指導者」が、白人のように髪を直毛にして白人女と遊びたがる少年時代から、コソ泥して捕まり刑務所内でイスラム教に目覚め、指導者になってからも過激派から穏健派へと、つねに変化を続けていた人物だということはわかる。 おかげで、実際に当事者であるアメリカの黒人たちの間でもマルコムXの評価は賛否両論。事実、キング牧師の誕生日が国民の祝日として認められているのに、マルコムXの誕生日は5月のある一日でしかない(記念日にするようスパイク・リーはしきりに主張しているが)。 つまり日本の観客(若者)にとって、「マルコムX」はリニューアルを繰り返すうち、ある日突然消えてなくなった伝説の「トンガリ&レア・ブランド」なのである。黒人専用だったことも幸いした。ナイキやエア・ジョーダンのように盲目的に「カッコイイ」と思えた(ヴィジュアルとしても彼は確かにカッコイイけど)。ついでに言えばスパイク・リーの存在もデカかった(彼の宣伝戦略のうまさはそこらの広告代理店の比ではないが、ここでは詳細を記す余裕がないので省く)。この事態を、自動車業界に置き換えて考えるとこうなる。 やたらモデルチェンジを繰り返し、常に業界で物議をかもし続けた怪物マシン。好き嫌いがはっきり分かれる超個性的なデザイン&機能。しかもリニューアルの度にファンを右往左往させ、評価も定まらぬまま、突然の製造中止を迎える。そして、四半世紀後、ある熱狂的ファンの尽力で復活し、なぜか、遠く離れた外国で人気を集めることになる。
こうした例がすでに自動車業界であったかどうか、実際に当てはまる車があるのかどうかは、生憎この方面には暗いので言及しません。みなさん勝手に想像して下さい。私は無責任に「〜X」というネーミングはけっこう迫力あるなァと感心しているだけである。 |
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