マイアミ・ブルース

 ああ、驚いた。こちらが身構えていないときにいきなり襲ってくる軽いめまいを伴うようなショック療法的場面展開。これを私は浜美枝海辺のダンスと称する。
 古いクレイジー・キャッツ映画を観るたびに評価再三高めざるをえない浜美枝である。あの容姿で、ほとんどの場合、植木等ふんするお調子者サラリーマンに片想い(結ばれるにしても植木の、ま、いいか、てな顔!)。役不足のようでいて、そこここで見せるオチャメな表情がばつぐんに可愛い。中平康の作品だけで浅丘ルリ子が見せる生き生きした様子に近い。それでなにが海辺のダンスなのかといえば、たとえば『香港クレイジー作戦』で、いきなり洋服を脱ぎ捨ててゴーゴーを踊る浜美枝のことだ。ビキニの両足をガバ、と開き、さらになんとグイグイ股間を前に押し出すようにしてダンスする美枝ちゃん。これにはだれもが驚く。生活態度はともかく家族で楽しめる健全娯楽クレイジー映画で、突然の太股ガバ、である。しかし、考えてみれば浜美枝といえば元ボンドガール。いまさら驚いたってしかたがない。それでもクレイジー映画の彼女を見慣れた目には、おそらく当時東宝上層部が世界的に売り出そうとしていたグラマー女優、という浜美枝本来の姿は意外であり、ショッキングですらある。

 前ふりが長くて恐縮する。ほかの例を挙げれば、『ゴッドファーザー』のベッドの馬の首だ。マフィアの残酷性を知らせるための記号にしても、なにもそこまで。第一運ぶのが大変だ。旧くは『アンダルシアの犬』か。しかしこの辺りへ話が進むと映画評論家が五月蝿そうなので割愛する。ストーリー上は当前のことなのに演出や俳優の資質が予想以上のものを与えてくれたときの驚き。浜美枝海辺のダンス的場面に襲われる。これはもはや映画ファンだけに与えられた快感である。

 やっと本題の『マイアミ・ブルース』だ。地方では『ロボコップ2』の併映用、東京ではさりげなく小さな劇場で公開された。特に話題にもならず、ウリとしては潜水艦映画で顔を売ったアレック・ボールドウィンの主演ぐらい。ポスターでも眺めれば犯罪物だということくらいわかる。で、開巻、ボールドウィンが飛行機の座席で偽サインの練習をしている。『太陽がいっぱい』を想わせる。金髪碧眼ノーブルな容姿のボールドウィンだ、ふむ、『マイアミバイス』風画面で売るオシャレ感覚アクション映画か。と思いつつ観ていると、マイアミの空港で寄って来た宗教関係の勧誘人が胸ポケットに花を挿そうと伸ばした指をつかみ、いきなりへし折ってしまう。画面に浜美枝が踊る。おまけにそのクリシュナ僧侶は心臓麻痺を起こしてショック死。豪華ホテルのスイートにチェックインしたボールドウィンはコールガールを買う。ここで女も殺せば立派に現代的犯罪遂行人なのだが、それどころかやって来た生活のために体を売る女子大生、ジェニファー・ジェイソン・リーに惚れてしまい、空港でカッパラッて来たスーツケースの中のドレスをプレゼントする始末。

   フレッド・ウォード演じるくたびれた刑事が女子大生のアパートにいたボールドウィンを捜し当て捜査を口実にあがりこむ。この刑事がまた、入れ歯がうまく合わないのなんのといい味をだしていて、ふたりは世間話に盛り上がり、テーブルの上にはビールの空瓶が並ぶ。だからといって刑事と犯罪者の友情ものと考えたら大間違い。翌日ボールドウィンは刑事の部屋へ乗り込んで殴り倒し、拳銃と警察バッジ、ついでに入れ歯まで強奪する。 少し気の利いたレストランが登場するぐらいで、マイアミらしい画面展開は一切ない。おそらくこのほうがよりリアルなマイアミの町に近いのだろう、背景になるのは裏媚れたホテル、ショッピングセンター、いかにも中流的な住宅地、下町の骨董品屋など。監督のジョージ・アーミタージュはロジャー・コーマン門下生。抑制を効かせたハードボイルドな語り口で、この愉快犯とも変質者ともとれる奇妙な犯罪者の行動を描いていく。使用されている70年代の中級ヒット曲集もマイナーな雰囲気を醸し出して好感がもてる。  ボールドウィンが始めるのがニセ刑事業。スリや強盗の場面に颯爽と現われ、犯人を捕まえると思いきや、いきなり被害者から金を巻き上げる。ヤク取引に踏み込み、ブツを横取りする。本物の刑事がこれだけ活躍したら昇進間違いなしだ。次第に犯罪者は自分が本当に警官になったような気になってくる。コンビニを襲う強盗には純粋に怒りを覚える。それでも改心するわけではなく、女子大生の夢であるハンバーガー・ショップ開店のために金を集め、ふたりで郊外の一軒家に移り住む。そして、男の動向に気がついた女子大生の制止も聴かず、最後のヤマへ向かって突っ走る。良心的な観客にはここで製作者の意図がわかる。『マイアミ・ブルース』は1990年の『勝手にしやがれ』なのだ。

 妙だと思えば、製作はジョナサン・デミ。アーミタージュとはコーマン部屋で同窓だった、『サムシングワイルド』や『愛されちゃってマフィア』(ビデオのみ)の監督だ。オフビートというのか、一筋縄ではいかないストーリー展開、上手んだか下手なんだか良くわからない演出などは彼の指導ゆえか(ちなみにデミはマイアミの出身)。ここまで展開を裏切られてくるとある程度予想はついてくる。「はずした」犯罪物ゆえ、けっこう最後はうまくいってしまう、ようでいてやっぱりそうはいかないんだろう。この勝ち誇ったかのような観客の油断にこの映画はズガーンとまたもや浜美枝を送りこむ。いや、予想は決してはずれなのではないが……。ああ、びっくりした。ふたたび「マイアミ・ブルースの指」。これがしばらくはアメリカ版浜美枝海辺のダンスとして私の頭を離れそうにない。  

雑誌「昴」映画紹介

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