ワン・カップ・オブ・コーヒー

「フィールドの芝が蛙の毛のように短く刈ってあってね……」
 マイナー・リーグのロートル・ピッチャーが、かつて「コーヒー一杯飲むほどの間」だけ過ごしたメジャー・リーグ時代の試合の様子を語る場面だ。 この、とてもじゃないが文学的とは言えないが、実際に(アメリカで野球を)やったことのある人間にだけは理解できるであろう微妙なニュアンス。この場合は、マウンドに上がった時の高揚感、満足感、恐怖心がごちゃまぜになったようなものだろうが、そんな独特の「形容詞」がこの映画には満ちあふれている。

 50年代のアメリカ。ベースボール、というより「ボールゲーム」と呼ぶのがよりふさわしいと感じられる野球の世界。主人公は、年齢的にはピークをとっくに過ぎているが、ボールさえ投げられれば、いやユニフォームさえ着ていられれば幸せだと感じられる中年投手。演じているのは『ライト・スタッフ』等にも出演していたらしいが、ほとんど無名のウィリアム・ロス。決して表情豊かではないが、グラウンドではいつも、なんともいえない嬉しそうな顔をしているのが良い。

 時代のディテイルを伝える小道具等の選択がまた見事だ。エンストし選手に押されてノロノロ進む、巨大な象のお尻のようなリア・デザインを持つ遠征用バス。ずんぐりむっくりの自家用車、ガススタンドのコカコーラの販売機、そして、選手たちがさりげなく着る普段着のシャツ(古着屋ファンなら卒倒するかも。この辺りのさりげないスタイリストのセンスが日本映画に一番欠けている)。万人受け的に洗練されているわけではなく、どちらかといえば、素朴で、粗野に近い、ごく小市民的な世界。アメリカという国における野球の存在自体が、そのままこの映画の世界に近いのである。

 特筆すべきは、トム・リッチモンドによる撮影。選び抜かれたディテイルのひとつひとつに、映画が狙った「野球」的ニュアンスを見事に吹き込んでいる。ビデオ・クリップからアレックス・コックスとの仕事(『ウォーカー』『ストレート・トゥ・ヘル』)を経て、ついに一流の仲間入りを果たした記念碑的な作品となった。  

Brutus映画紹介

戻る