| ティコ・ムーン 記憶に関するサンプリング・フィクション
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『ティコ・ムーン』という映画を見る気になったのは、確か『2001年宇宙の旅』に出てきた月だか木星だかのクレーターの名前が「ティコ」だったからだ。あちらでは前人未到の未確認物体「モノリス」が発見されたのだが、こちらのティコは月面植民地内に住むある謎の人物の名前だった。 月の植民地を統治する独裁者は、ある不治の病に冒されていて、完全な免疫体からの臓器移植しか生き延びるすべはない。その免疫を持つ男こそ「ティコ・ムーン」であり、彼を巡って、女スパイや殺し屋や秘密警察が入り乱れる。こう書くとスリリングでエキサイティングな娯楽映画が予想できるが、実態は大きく異なる。フランスの人気劇画作家であるエンキ・ビラルが監督した映画第2作、ジュリー・デルピー、ミシェル・ピコリ、リシャール・ボーランジェ、マリー・ラフォレ、ジャン=ルイ・トランティニャンら、そうそうたる出演者陣を揃えたSF映画でありながら、フランス人特有の自己中心的でサービス精神の欠如した仕上がりであることをまず伝えておかねばなるまい。思わせぶりで退屈を誘う画面の内側から、次々とどこかで見たような「記憶」が甦ってくる。廃墟のような未来都市、その中を走る埃だらけのアメ車やサイドカー、かつてベルリンにあったような石壁、どこからともなく聞こえてくる「日本語」の会話やアナウンス、ルイーズ・ブルックスみたいなボブのカツラをつけたチャイナドレスの美女、敵か味方かわからない殺し屋、緑色の血を流して死ぬ男、狂信的独裁者、アヘン中毒の中年女、マザコンの美青年。無声映画、戦争映画、タルコフスキーや『ブレードランナー』から香港映画まで、ゴッタ煮のようにつめこまれた「いつかどこかで見た」映像の集積。月の上の植民地での出来事という設定などいつのまにやらどこかへ飛び去ってしまい、観客はビラルの見た「映画の夢」の中へ置き去りにされる。 いってみれば、『ティコ・ムーン』は、過去の映画的記憶をリミックスしたサンプリング・フィクションとしてのSF映画なのだ。そのためには、製作規模にそぐわない豪華キャストも納得できる(ビラルの劇画家としての人気が実力派俳優たちを結集せしめたらしい)。独裁者役のミシェル・ピコリは、ルイス・ブニュエルの不条理劇の記憶と直接つながるし、トランティニャンはもはや60年代フランスの映画イコンだ。マリー・ラフォレの存在感たるや、歌手としてはともかく女優としては『赤と青のブルース」以来さしたる代表作もないにもかかわらず、圧倒的である。シナリオに記されストーリーボードに描かれた(に違いない)映画的記号に増して、俳優たちの「顔の記憶」の実力をあらためて思い知らされる。 もうひとつこの映画を見ながら頭によぎったのが、同じフランスのアラン・レネが30数年前に作った『二十四時間の情事』だった。フランス人女性と日本人の男が、原爆投下10数年後の広島で出会い、つかの間の情事を楽しむ。「私は忘れない」という台詞が繰り返され、実は第二次大戦中にドイツ兵と関係していたために戦後リンチにあった女の過去が明かされていく。「ティコ・ムーン」に登場する月面都市が、パリそっくりなのに埃だらけでまるでナチ占領下を連想させ、エッフェル塔の上半分が折れてなくなっていたりする世界と、『二十四時間の情事』の戦争の記憶を巡ってパリと広島が交錯する様はどこかで共通しているような気がする。どちらも、記憶に関する映画であることは確かだ。そう考えたところで映画の資料をめくったところ、なんとビラルはかつてアラン・レネに頼まれてポスターやストーリーボードを描いたことがあったという。劇画作家ビラルは、実はレネの愛弟子としての映画的記憶を受け継いでいたのである。 ビラル、レネ、そして多くのカルト映画の記憶を刻んだ『ティコ・ムーン』というモノリスは、2001年まであと4年という時点で一般公開される。 |
| 「Nile's Nile」誌映画紹介 |
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